第2回オペラツアーの報告

ツアー報告

2005年6月24日~7月5日バスティアニーニ研究とオペラの旅報告

シエナのカンポ広場今回のツアーは諸事情が重なり、当初予定の7月17日出発を変更し、小人数で催行しました。
バスティアニーニ研究関連では3日間を当て、未だ出版物で書かれていない事項でも新たな成果が得られ、またゆかりの方々との邂逅では、回数を重ねてきた甲斐もありひときわ親密度も増しました。
プリオーレ(地区会長)と共にバスティアニーニの孫ご一家と楽しくにぎやかに会食し、またバスティアニーニの元婚約者であったマヌエーラさんとの会食も話しが弾みました。マヌエーラさんはシルミオーネが発行している町の歴史が書かれている美しく装丁された本を私達に10冊ご用意下さいました。彼女から毎回筆者はその本を頂いていたのですが、今回はバスティアニーニの頁が付け加えられるようになった再版の本を贈呈して下さいました。


バスティアニーニが生まれ育ったシエナでは、400年の歴史ある祭典パリオの本番を7月2日に控えていて、準備に町j中が沸き立っていました。世界一美しいと言われるカンポ広場には、既に競馬用の砂が敷き詰められていて、広場の周りをパリオの衣装をつけ太鼓を鳴らし旗を投げる迫力ある行列を幸運なことに見ることが出来ました。同行者の一人は、「本当に私はシエナにいるのですね」と言い、またバスティアニーニの孫、そしてマヌエーラさんの運転する車にそれぞれ乗車できた喜びと人生の不思議さに感激の声をあげていました。

写真右はシエナのカンポ広場。 写真左はバスティアニーニのコントラーダ(地区)、パンテーラ博物館でプリオーレ(地区会長)と共に。

バスティアニーニの孫エットレ氏と共に バスティアニーニの孫エットレ氏と共に
バスティアニーニの孫ご一家と会食

写真右はバスティアニーニの孫エットレ氏に本研究会のホームページを説明する。左上、エットレ氏と共に。左下、孫ご一家と会食(立っている筆者の右隣がエットレ氏、右手前がエットレ氏の妹)

オペラはスカラ座以外、平土間前方ほぼ中央座席で鑑賞でき、日程12日間中、実滞在は9日、内6回のオペラでした。

6月25日 ローマオペラ座『タイース』

マスネーらしく人情味に溢れ且つ旋律はロマンティックでドラマ性があります。2002年のヴェネーツィア・マリブラン劇場公演(ビデオがあり、昨年10月研究会の勉強会で取り上げた)がありますが、上演はまだ少ないです。モッフォ、シルズのスタジオ録音盤もありますが1954年トリエステ公演のバスティアニーニ、フィオレッラ・カルメン・フォルティの盤は充実しています。

指揮 Pascal Rophe’
演出 Pier Luigi Samaritani
アタナエル Patrice Berger
タイース Danielle Streiff
ニシアス Cladio Di Segni

2002年のマリブラン劇場公演は今年4月フェニーチェ劇場引越し公演・琵琶湖ホールで鑑賞した『真珠取り』の演出家ピエール・ルイージ・ピッツィでした。このローマ公演は再演で、サマリターニの演出はピッツィより荘重で、そしてもっと細かく写実的かつ絵画的で、所謂映画セットのような舞台空間を全て生め尽くす舞台装飾でした。色彩、セットがオペラのムードに調和しています。アタナエルは2002年公演ミケーレ・ペルトゥージィより雰囲気があり声も柔らかいです。2002年公演のビデオで見たタイースのエヴァ・メイは入念に歌えていましたが、妖艶さを露骨にし声は透明感に欠けていました。ストレイッフの歌唱はやや細く清潔感がありました。バレエシーンでプリマが踊るべきところ、往年のスカラのプリマ、カルラ・フラッチが男性数名に支えられるようにして舞っていました。マヌエーラさんにこのことを話すと、スカラのバレエレッスンで一緒だったこと、彼女は6歳年上であった、と話して下さいました。

6月28日 フィレンツェ・テアトロ・コムナーレ『ボリス・ゴドノフ』

オペラ史上の大作の一指に入るでしょう。この劇場は意欲的でよくロシア物を取り上げます。確か7年程前でしたか劇場オープニング日に『ムツェンスク郡のマクベス夫人』を筆者は本研究会副代表の桂川さんと共に見ました。熱気溢れる舞台でした。バスティアニーニが歌った『スペードの女王』『マゼッパ』そしてヨーロッパ初演の『戦争と平和』はこの劇場公演です。

指揮 Semyon bychkov
演出 Eimuntas Nekrosius
ボリス・ゴドノフ Ferruccio Furlanetto
クセーニャ Julia Kleiter
ピーメン Vladimir Vaneev
グリゴリー Torsten Kerl

残念ながら筆者だけ体調を崩しホテルで休養しました。演出はソヴィエト時代の政権体制を捩って、皮肉を込め、徹底したパロディー風に仕上げていたそうです。歌手陣もフルラネットを始め、皆熱心にパロディーの中の『ボリス・ゴドノフ』を歌いきっていたとききました。装置は良くデザインされ統一感が取れていたそうです。

6月29日 ミラノ・スカラ座『チェネレントラ』

新装なったスカラ座は、ドーム型の舞台装置用やレッスンスタジオが増築されたようです。ですが、基本的に劇場内のデザイン等はそのまま、古い色が輝きを増したというイタリアらしいリニューアルという印象でした。プッチーニの『ボエーム』とロッシーニの『チェネレントラ』は人気演目で発売と同時にチケットは売り切れでしたが、なんとか席の確保ができました。

指揮 Bruno Campanella
演出・衣装・装置 Jean-Pierre Ponnelle
ドン・ラミーロ、王子 Juan Diego Florez
チェネレントラ、アンジェリーナ Joyce Di Donato
ドン・マニーフィコ Simone Alaimo

人気テノール、ファン・ディエゴ・フローレスは評判通り見事なロッシーニをこなしていました。まだ若いですが既に風格さえ感じます。声は良いのですがロッシーニばかり歌うと損をすると感じました。勿論多くの作曲者のオペラを歌っていますが、今後はドニゼッティ、ベッリーニ、ヴェルディそしてフランスものも歌ったアルフレード・クラウスのような大歌手になってほしい、歌にスケールの大きさを加えてほしいと願っています。ポッネルの演出は、彼が如何に際立った才能に溢れていたかがわかります。軽妙で垢抜けていて楽しませてくれました。

6月30日 ミラノ・スカラ座『ラ・ボエーム』

昨年のツアーのパルマで見た新しい演出の舞台も悪くなかったのですが、今回はゼッフィレッリの定番演出です。

指揮 Bareza
演出・装置 Franco Zeffirelli
ロドルフォ Massimiliano Pisapia
ミミ Kyung Hong
マルチェッロ Vicenzo Taormina
ムゼッタ Laura Giordano

演出の力を感じます。2幕で2段に分けた町をつくり、そこを往来する人の多さに圧倒されます。ボエームで見所はいろいろあっても、特にゼッフィレッリ演出の2幕は他の幕とガラリと趣を変え、明るさ、楽しさ、そして迫力が揃い最もインパクトがあります。しかし他の幕はしっとりと風情がありますが、なんというか見飽きた感もします。ミミはもう少しリリコ・スピントで叙情性のある声を期待していましたが際立ったところは感じませんでした。

7月1日 アレーナ・ディ・ヴェローナ『ナブッコ』

ヴェローナの野外劇場で2演目を見ましたが、今年の演目は他に『アイーダ』『ラ・ボエーム』『トゥーランドット』が上演されています。

指揮 Vjekoslay Sutej
演出・装置 Graziano Gregori
ナブッコ Leo Nucci
アビガイッレ Susan Neves
イズマエーレ Nazzareno Antinori
フェネーナ Tiziana Carraro
ザッカーリア Giacomo Prestia

ヴェローナのローマ時代の円形劇場(アレーナ)は確かに大きいです。石段の舞台を大きく取った演出が良い効果を上げていて、装置は手が込んでいて視覚としても楽しめます。やはりイタリア、国歌的愛唱歌「行け、我が想いよ、金色の翼に乗って」はアンコールされました。ヌッチは不思議な歌手です。声の張りが意外に落ちていませんでしたしまた歌も丁寧でした。バスティアニーニもナブッコは多数回歌っていて、ヌッチより人間的な表情を感じさせていました。アビガイッレもまずまず。3年前永竹由幸氏が招聘したアレッサンドラ・レッツァが別の公演日の5回にアビガイッレ役を歌う記載を見つけ、聞いてみたいと思いました。

7月2日 アレーナ・ディ・ヴェローナ『ラ・ジョコンダ』

日本では上演の少ないポンキエッリの『ジョコンダ』をやっと見ることができました。このオペラは平土間3列目ほぼ中央の席でしたので、歌手達の表情まで良く見て取れました。

指揮 Donato Renzetti
演出・装置・衣装 Pier Luigi Pizzi
ジョコンダ Andrea Gruber
エンツォ Marco Berti
バルナバ Alberto mastromarino
ラウラ Ildiko Komiosi
アルヴィーゼ Carlo Colombara
ジョコンダの母 Elisabetta Fiorillo(盲目の女性)

このオペラで最も出番が多いのはバルナバです。バスティアニーニの柔らかい流麗な美声がずっと頭で流れてしまいます。マストロマリーノは悪くも無く良くもありませんでした。アンドレア・グリューバーはまずまず、スピントをいかした歌唱もありました。ラウラも母役も良かったと思います。演出はピッツィらしく少し斬新さが目につきましたが、大きな船や赤を多用した群集の衣装はインパクトがありました。

オペラは総じて楽しめました。今回感じたのは奇妙奇天烈な演出がなく、オペラに即した、オペラのイメージにマッチした演出、舞台装置、衣装でした。オペラはオペラ内容に即した背景装置や演出であると、何故かリラックスして鑑賞できるように思えます。勿論新しさを求め実現していくことも芸術です。しかしオペラ離れは舞台をリラックスして鑑賞できない斬新で意味不明な演出、舞台装置と衣装であることも一部分あるのではないでしょうか。

私達オペラファンにとって、オペラ関連スポットを訪ねることも楽しみのひとつです。

壮大堅固なフィレンツェのピッティ宮殿ではメッゾ・ソプラノ歌手のエベ・スティニャーニの衣装展を見ることが出来ました。アムネリス、デリラ、レオノーラ(『ファヴォリータ』)等の衣装のほかに、オペラ衣装に着ける装身具も多く展示されていました。またマリア・カラスの映画「メディア」出演衣装やジーナ・ロロブリジーダやモニカ・ヴィッティの衣装まで展示されていました。ピッティ宮はツアー客があまり入らないのでゆったりと鑑賞できました。
シルミオーネでは昨年からか一昨年であったかしら市が開設したマリア・カラス記念館がカルドゥッチ広場にあります。午後開館は4時からでしたので、ヴェローナに行かねばならず入館しませんでした。またカラスがメネギーニと過ごした別荘はそのまま残っていて今はアパートとして機能しています。いままで何度も前を通っては外から眺めていますが、カラスが最も良い時をここで過ごしたことを思うといとおしく、またやるせない思いに駆られます。

2日目のヴェローナオペラ公演までの日中、世界遺産の町ヴィチェンツアへ。建築家パッラーディオの名を取っている通りを始め、バロック建築で埋め尽くされた町です。ヴィチェンツアは昨年のツアーでも訪問しましたが、古代ローマ円形劇場を室内に模したテアトロ・オリンピコ劇場には休館日のため入れませんでした。今回パッラーディオ設計のその劇場に入り、大理石と木造で作られたその豪華さ、特異さ、美しさに息を呑みました。舞台に設えられた遠近法を巧みに用い、だまし絵的効果を狙った建物のセットのロマンティックな可憐さにため息が出ます。ルッジェーロ・ライモンディ、キリテ・カナワなどの出演した『ドン・ジョヴァンニ』のオペラ映画に登場するこの室内劇場シーンは、今まで目にしたことがない別世界の不思議な雰囲気と美しさが忘れられず目に焼き付いていました。半円形状の木で作られた階段の観客席に座りながら、映像からの感動と実際に目にした建物内部全ての実像の美麗さが重なり、暫し目はくぎ付けとなりました。

帰国前日、ミラノに帰る途中にベルガモへ。この町はイタリア人達も静かで美しい町だと声を揃えて称えますが、本当にその通りです。ルネッサンスからバロック期の建築で包まれた旧市街が特に称えられていますが新市街まで調和が取れた町並みで清潔感さえ漂います。旧市街にあるヴェネーツィアの傭兵隊長の名を冠したコッレオーニ礼拝堂と隣接するサンタ・マリア・マッジョーレ教会は、壮麗でありながら温かみさえ感じさせます。中世の細い入り組んだ路地からは、何という古都の空気と感じ入っていますと、流麗でしかも人のドラマに溢れたベルカント・オペラの偉大な作曲家ガエターノ・ドニゼッティ終焉の家の前にいました。家の前でひととき彼の音楽に浸りながら佇みました。

他の観光では、ミラノのモンテ・ナポレオーネ通り近くにあるポルディ・ペッツォーリ美術館に行きました。膨大な美術品、絵画等のコレクションがありますが、観光客は少なく穴場的美術館です。ローマでは小美術館とも言われるほど美術品を所蔵し、付属の修道院でガリレイの異端審問裁判を行ったサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会に。教会の威信を示す荘厳華麗さの中でフィリッピーノ・リッピなどの絵画に触れると安らぎを感じます。ローマの4大聖堂に当たるサンタ・マッジョーレ教会とサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂に。あまりにも壮麗であり芸術的すぎます。後者は洗礼堂と庭と回廊も美しいです。サンタ・クローチェ教会はガリレイ、ミケランジェロ、ダンテ、ロッシーニ・・・のお墓があり、イタリアの天才産出国を知らしめます。

長距離移動は全て列車でES、IC、各停を乗りこなし、ホテルは全て4つ星クラスで冷房付きです。暑い時期なので短距離はタクシーを頻繁に使いました。オペラチケットは昨年ツアーと同様、発売金額と同額費用で低予算通りでしたが、ツアー専用バスを使用しなかったせいでしょうか、総旅行費用は大変、低い支出で済んでしまいました。今回はバスティアニーニ研究の分野で充実した成果が得られたことは良かったです。いずれ内容をまとめたいと考えています。また様々な町の名物料理を堪能でき、これも忘れがたい良い記憶となりました。バスティアニーニを愛し、オペラを愛する者にとって、オペラ関連芸術に接することはこれも至福の時を過ごすことでしょう。無理はできませんができるだけ有効に動いて目からも知識を増やす喜びを得たいと考えて、本研究会の旅行は芸術観光も積極的に行いました。
ある参加者は、「これほど充実した海外旅行はない」と言って下さいました。細部に亘って準備をしてきましたが、旅行中何度かこの言葉を聞けましたことが筆者にはなにより嬉しかった事でした。また同行者の桂川さんもその言葉に癒され励まされたことだったでしょう。


文  丸山 幸子(Maruyama Sachiko)