2007年1月25日はバスティアニーニ没後40周年となります。
2007年4月8日(日)「三大名歌手を偲ぶシンポジウム実行委員会」で、エットレ・バスティアニーニ、マリア・カラス、マリオ・デル・モナコの没後40、30、25周年祭を神戸市のJR三ノ宮駅前、ミント神戸で開催します。ご案内をご覧下さい。
神戸新聞文化センター(KCC)50周年記念
三大名歌手を偲ぶシンポジウム
- エットレ・バスティアニーニ(Ettore Bastianini)
- 没後40年 1922-67
- マリア・カラス(Maria Callas)
- 没後30年 1923-77
- マリオ・デル・モナコ(Mario Del Monaco)
- 没後25年 1915―82
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名歌手を語る
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マリア・カラス 「大いなる幻影」
やました とおる オペラ講釈家エットレ・バスティアニーニ 「心かき乱す憂愁の美声」
丸山 幸子 「エットレ・バスティアニーニ研究会」代表マリオ・デル・モナコ 「強烈な声の炸裂」
千代田 晶弘 オペラ評論家
日時
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2007年4月8日(日曜日)午後1時30分より 1時開場 ●パーティー( 60名様限定)シンポジウム終了後:同ビル18F、6時~ |
会場 | ミント神戸 大会議室(13F) =JR三ノ宮駅前 |
参加費
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A シンポジウムのみ 3000円 B シンポジウム、パーティー共 11000円 |
申込み | 要予約 シンポジウム・パーティーへのお問い合わせ、お申込みはE-メールへ |
主催 | 三大名歌手を偲ぶシンポジウム実行委員会 神戸新聞文化センター(KCC) 神戸日伊協会 |
後援 | イタリア総領事館 大阪日伊協会 |
地図
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1982年デル・モナコが亡くなった時、イタリアではバスティアニーニ、カラスについで イタリア・オペラ黄金時代の名歌手達が、星が消えるように去っていったと報道された。
そして2002年没後20周年の時、バスティアニーニ、カラスと同様に人々は忘れると報じられた。
そうだろうか。2007年私達はこの3大名歌手を忘れられるものではない。
エットレ・バスティアニーニ(Ettore Bastianini)
世界遺産の町シエナに生まれたバリトンの名歌手。 その類まれな美声と歌唱力でバリトンのトップスターとして世界のオペラ・ハウスに君臨したが、 無念にも病魔により44才で夭折した。 63年の第4次NHKイタリア・オペラでは極め付きの「イル・トロヴァトーレ」のルーナ伯爵で絶賛された。 65年リサイタルでも来日。 デル・モナコとのスタジオ録音やライヴ録音、カラスとのライヴ録音も多数残されている。 彼の美声は気品と憂愁に包まれ、声と歌唱は彼そのものをイメージさせるほど歌と本人が一致した歌手であった。 ヴェルディバリトンと称えられた。
マリア・カラス(Maria Callas)
今尚不動の名声に包まれた、永遠のディーヴァ。 ニューヨークに生まれたギリシア人。47年イタリアのヴェローナ・オペラ・フェスティバルで、「ラ・ジョコンダ」のタイトル・ロールでデビューし、名指揮者トゥッリオ・セラフィンにその才能を見出され、指導よろしきを得て、スカラ座のトップスターに。来日は73年と74年。ジュゼッペ・ディ・ステーファノとのジョイント・コンサートで、その幻の声を聞かせました。54才になる年の秋に、パリで独り寂しく死す。
マリオ・デル・モナコ(Mario Del Monaco)
フィレンツェに生まれた、黄金のトランペットと言われた強烈な声のテノール歌手。59年、第2次NHKイタリア・オペラ「オテッロ」の主役登場の、「喜べ!」の一声で、私たちの度肝を抜いた。レコード録音でも、バスティアニーニとは数々の名盤を残した。カラスとは専属契約の関係で、正規録音こそないがライヴ録音が残され、スカラ座での競演は伝説となっている。三度にわたって来日した。得意とした役柄は多くオテッロほか、マンリーコ、アンドレア・シェニエ、カニオなど彼の強靭な声と熱く迸る演技は忘れられない。
三歌手と神戸、大阪
飛行機嫌いのデル・モナコは大阪での公演が終わってから、神戸から帰国への船の乗船までの間、 元祖イタリアレストラン「ドンナロイヤ」で故国の味を懐かしんだ。カラスも大阪で歌いバステ ィアニーニも二度目の来日では大阪で歌ってくれた。